\ この記事を読んでほしい方 /
保育園では言えないことが、別の場所では言えた経験がある方
「なぜここでは話せるんだろう」と不思議に思ったことがある方
誰かに本当のことを話せた瞬間を大切にしている方
「話せる場所」がひとつでもある方
きれいごとじゃない話を書く。
なぜか言えてしまったあの日のことを。
療育に連れて行く日は
いつも少し緊張している。
子どものことが心配なのと、自分が何か聞かれるんじゃないかという変な身構えが混ざっている。
その日もそんな感じだった。
先生がひとこと聞いた。
「最近、おうちではどうですか」
それだけだった。
保育園でも似たようなことを聞かれる。
でもなぜかこの日は口が動いた。
「実は先週、玄関で30分崩れてしまって」
言った。言えてしまった。
帰りの車の中でずっと考えていた。
場所が違うから?
関係性が違うから?
自分の何かが違ったから?
たぶん、全部少しずつ正解で
全部少しずつ違う気がする。
ひとつ思ったのは
療育の場は最初から「困っている前提」だということ。
保育園では「元気に育っている子のお母さん」として行く。
療育では「うまくいかないことがある子のお母さん」として行く。
その違いがどこかで口を軽くしたのかもしれない。
もうひとつ思ったことは、
療育の先生に話すとき「大変なお母さんと思われる」という怖さが少なかった。
最初から「大変なのが当たり前の場所」だから。
評価される心配が薄い場所では、
人は本当のことを言いやすくなる。
そういうことなのかもしれないと思った。
誤解してほしくないからまたここで書く。
保育園の先生が怖いわけじゃない。
信頼していないわけじゃない。
それでも言えなかった。
信頼と話せるは
別のことなんだと気づいた。
療育に行き始めて話せる場所がひとつできた。それだけで保育園でのもやもやが少し軽くなった気がした。
全部話さなくていい。
全部わかってもらえなくていい。
どこか一か所に本当のことが言える場所があれば他の場所でも少し息ができる。
そういうことなのかもしれない。
まだ、うまくできていない。
療育でも全部話せているわけじゃない。
口が重い日もある。
「大丈夫です」で終わる日もある。
それでいいと思うようにしている。
言えた日があったということを忘れないようにしながら。
次回は「ボタンが押せなかった。」
話せる場所を見つける前に、そこに辿り着けるかどうかという話がある。
申し込みの日のことを、正直に書く。
どうか同じように我が子を思い、調べ、悩むあなたの心が少しでも晴れますように。


コメント