\ この記事を読んでほしい方 /
療育に通い始めたばかりでまだ場に馴染めていない方
毎回「大丈夫です」で終わってしまう自分が嫌になっている方
慣れるのに時間がかかっている自分を責めている方
「慣れる」ってどういうことか、まだわからない方
慣れるまでに、思っていたより時間がかかった話。
通い始めた最初の頃は
毎回、玄関で一度息を整えていた。
靴を脱いで
子どもの手を引いて
「おはようございます」と言う。
それだけのことが、少し重かった。
先生は優しかった。
場所も怖いところじゃなかった。
それでも慣れなかった。
なぜだろうと思っていた。
たぶん、ずっと構えていたんだと思う。
「ちゃんと観察して
ちゃんと伝えて
ちゃんと取り組むお母さん」
でいなきゃいけないとどこかで思っていた。
療育の場でも。
だから毎回
先生に「最近どうですか」と聞かれるたびに頭の中で一回整理してから話していた。
うまく伝えられることだけ。
まとまっていることだけ。
本当に困っていることは
うまくまとめられなかったから言えなかった。
ある日、先生に言えた。
療育で覚えてきた歌を家で楽しそうに歌っていること。
困っていることじゃなくて、うれしかったことを。
整理もできていなかった。
ただ話したかっただけだった。
それでも口から出た。
先生が一緒に喜んでくれた。
それだけだった。
でもなぜか
それで少し楽になった。
帰り道に考えた。
なぜ今日は言えたんだろう。
場所が怖くなくなったから?
先生に慣れたから?
自分の何かが変わったから?
たぶん全部少しずつ正解で
全部少しずつ違う気がした。
ひとつだけ思ったのは
「ちゃんとしなきゃ」が
少し薄れた日だったということ。
うまく話せなくてもいい。
整理できていなくてもいい。
そう思えた日に
本当のことが、口をついて出た。
慣れるって
うまくできるようになることじゃないのかもしれない。
「ここにいていい」と思えるようになることなのかもしれない。
場所に慣れたのは
3回目か4回目あたりだったと思う。
先生に慣れたのはもう少し後。
自分自身に慣れたのは
今もまだ途中だと思う。
今も「大丈夫です」で終わる日がある。
口が重い日がある。
玄関で息を整える日がある。
それでいいと思うようにしている。
あの歌声を思い出すと
まだ少し、胸があたたかくなる。
次回は「先生のことは、信用していた。それでも話せなかった理由」
嫌いじゃなかった。怖くもなかった。
それでも本当のことを話せない日があった。そのことを書きます。
どうか同じように我が子を思い、調べ、悩むあなたの心が少しでも晴れますように。


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