「なんで動けないの?」じゃなかった。保育参観と運動会で気づいた、この子の見え方・聞こえ方

発達理解(特性・診断・考え方)

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保育参観や行事で、集団の中の我が子を見て複雑な気持ちになったことがある方/「なんで先生の話を聞けないんだろう」と感じたことがある方/診断後に「あのとき無理させていたかも」と思い当たることがある方

窓の外から、初めて「集団の中のこの子」を見た
保育参観というのは、子どもにとっては「いつもと少し違う日」で、
親にとっては「外からこの子を見る、数少ない機会」だ。

わたしはそれまで、子どもの保育園での様子を、先生からの言葉や連絡帳でしか知らなかった。
「今日は楽しそうでした」「お友だちと遊んでいました」。
その言葉を信じながら、でも実際には見ていなかった。

だから、参観日に廊下の窓越しに子どもを探したとき——
見つけた瞬間に、少し息が止まった。

先生が何かを話している。
クラスの子どもたちが、ぱらぱらと動き始めた。
でも、うちの子だけが、動いていなかった。

立ったままだった。
きょろきょろしているわけでもない。
ぼんやりしているわけでもない。
ただ、静かに、その場に立っていた。

「聞いてないのかな」と思いかけて——
次の瞬間、先生が子どものそばに来て、手でそっと方向を示した。
そうしたら、子どもは迷わず動いた。

その瞬間、わたしはようやくわかった。

聞いていなかったんじゃない。聞こえていたけど、動けなかっただけだ。

「聞けない子」じゃなくて、「耳から処理するのが難しい子」だった
後で先生に聞いてみると、こう教えてくれた。

「○○ちゃんは、口で言うだけだと少し難しいときがあります。
でも、見せると動けるんです。指差したり、一緒に向かったりすると、スムーズにいくことが多くて」

聴覚情報の処理が苦手。
視覚的な手がかりがあれば動ける。

それは診断の場でも聞いていた言葉だった。
「視覚優位」という言葉も、知っていた。

でも、知っていると、わかっているは、全然別のことだった。

廊下でその光景を見て、はじめて——本当の意味で——腑に落ちた。

この子は、怠けていたわけじゃなかった。
わざと聞かないふりをしていたわけじゃなかった。
「ちゃんとしなさい」と言われても、どうしていいかが、わからなかっただけなんだ。

そのとき、罪悪感がじわじわと来た
帰り道、子どもの手を握りながら、頭の中でずっと巻き戻していた。

ご飯の前に「早く座って」と何度言っただろう。
お風呂の前に「いい加減にして」と声を荒げたことが、何度あっただろう。
朝の準備中に「聞いてる?!」と怒鳴りかけたことは。

診断がついたのは3歳だった。
それ以前の1年半から2年——この子が「言葉で動けない子」だと知らなかったころ——の日々が、走馬灯のように出てきた。

この子はずっと、「言われてわかるのに動けない」んじゃなくて、
「言われても処理しきれない」状態だったんじゃないか——。

そのことを、わたしはどこまでわかっていたんだろう。

罪悪感、と言っていいのかもわからない。
言葉にするのが難しい、重くて静かな何かだった。

でもその夜、泣くわけでもなく、ただ子どもの寝顔をしばらく見ていた。

運動会の、体操服のこと
同じ年、運動会があった。

前日に「明日は体操服を着ていくんだよ」と伝えた。
子どもは「うん」と言っていた。

でも当日の朝、体操服を出した瞬間に、顔が変わった。

「いや」「きない」「いやいや」

泣きながら逃げた。
いつものパニックとは少し違う。もっと静かで、でも強い、拒絶だった。

理由はわからなかった。
素材が肌に合わないのか。
普段と違うことへの不安なのか。
その両方なのか。
聞いても「いや」しか出てこない。

結局、いつもの服の上に体操服のシャツだけを重ね着して、なんとか行った。
いわば「なんちゃって体操服」。

先生にこっそり事情を話したら、「全然大丈夫ですよ」と言ってくれた。
ほっとした半分、心のどこかで「こんなことで……」という気持ちもあった。

「自己申告できない」ということの重さ
大人なら言えることが、この子には言えない。

「この服、肌がチクチクする」
「着慣れないものを急に着るのが怖い」
「みんなと違う格好になるかもしれないのが不安」

どれかひとつでも言葉で教えてくれたら、対応できる。
でも、言葉が出てこない。
だから「いや」だけが来る。

「なぜいやなの」と聞いても、答えられない。
答えられないから、周りには「こだわりが強い子」に見える。
本人は、理由を説明する言葉そのものを、まだ持っていない。

これは「わがまま」じゃない。
でも、知らなければわがままに見える。
知っていても、毎朝の忙しい時間の中では、つい忘れる。

その「忘れる」を繰り返すたびに、この子はまた「いや」で伝えるしかない。

小学校のことを、もう考えてしまっている
運動会の朝から、頭の片隅にずっと引っかかっていることがある。

小学校の体操服は、保育園より素材が固い場合もある。
着替えの時間は決まっていて、全員一緒に動かなきゃいけない。
「なんちゃって」が通用しない場面も、出てくるかもしれない。

それより、もっと怖いのは——

「あの子だけ違う」が目立つようになること。
子どもたちは正直だから、気づく。
気づいた子が、言葉にする。

いじめ、という言葉が頭をかすめた。
まだ先のことだと思いたいけど、思えない。

就学のことはまだ決まっていない。
どの環境が一番この子に合うか、これから先生や専門家と相談しながら決めていく。
でも、考えるたびに、答えのない問いがまた増える。

将来のことを考えすぎると疲弊するのはわかっている。
でも、考えないことができない。
それが、この子の親でいるということだと、今は思っている。

「外から見る」ことで、初めてわかったことがある
参観日の廊下で見たあの光景が、今も残っている。

動けないまま立っているこの子を、はじめて「外から」見た。

毎日一緒にいると、当たり前になってしまうことがある。
声をかけて動かない、の繰り返しに慣れていくうちに、
「なんでこの子は……」という疲れだけが積み重なっていく。

でも外から見たとき、その静かな立ち姿に、わたしは別のものを見た。

この子は、一生懸命だった。

処理できていないだけで、聞いていなかったわけじゃない。
わからなかっただけで、やる気がなかったわけじゃない。

先生が手で示してくれたとき、迷わず動いた。
それは、動けないんじゃなくて、「どこに向かえばいいか」が見えたから動けた、ということだ。

この子に必要なのは、もっと大きな声じゃなくて、見えるヒントだった。

診断前のことを、責めるのをやめようとしている
診断がついたのは3歳だった。
それ以前の日々——言葉が出なかったころ、切り替えができなかったころ——
わたしはどれだけの「なんで?」をこの子にぶつけていただろう。

知らなかった。
それは本当のことだ。

でも「知らなかった」は、「傷つけていない」と同じじゃない。
そのことが、参観日の帰り道から、静かにのしかかっている。

責めても意味がない、と頭ではわかっている。
でも感情は、頭のスピードで動いてくれない。

だから今は——責めることをやめようとしている、という段階でいる。
やめられた、じゃなく、やめようとしている。
それが正直なところだ。

知ってからの日々を、丁寧に積み上げていくしかない。
それしか、今のわたしにできることがない。

あの日からやっていること
参観日以来、家での声かけを少し変えた。

「ご飯だよ」と言うだけでなく、子どものそばに行って、食卓を指差す。
「お風呂入ろう」に加えて、浴室のドアを開けて音を聞かせる。
「もう出発だよ」ではなく、靴を子どもの前に並べておく。

すべてうまくいくわけじゃない。
それでも崩れる日はある。

でも、「言ったのに動かない」という苛立ちが、少し変わった。
「言葉だけじゃ届いていないかもしれない」という問いに、変わった。

問いになると、責める気持ちが少し薄まる。
「この子が悪い」じゃなくて、「どうすれば届くか」になる。
その変化が、今のわたしには大きい。

次回は、この子の「好きなもの」と「得意なこと」の話を書こうと思います。強みを見つけることが、どれだけこの子への見方を変えてくれたか——もう少し深く書けることがあるので。

「なんで動かないの」と思ってきた夜が、あなたにもあるかもしれない。でもそれは、あなたが怠けていたわけじゃない。知らなかっただけだ。知ってからの日々を、一緒に積み上げていこう。

どうか同じように我が子を思い、調べ、涙を流すあなたの心が少しでも晴れますように。

著者:風助ママ
発達ゆっくりっ子を育てるワーママ。日々のリアルをそのまま書いています。

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