\ この記事を読んでほしい方 /
療育に通っているけど、本当に意味があるのか不安になる方
「できるようになる未来」が想像できず苦しくなる方
小さな成長を見るたび、なぜか涙が出る方
誰にも言えない期待と不安を、ずっと抱えている方
「今日はこんなことができました」
療育の振り返りの時に先生がそう話してくれるたび、うれしかった。
うれしかった、はずだった。
でも正直、私はどこかで怖かった。
“できた”を聞くたびに、期待してしまうから。
次もできるかな。
このまま伸びるかな。
小学校は。
集団生活は。
将来は。
一つ安心すると、また次の不安が来た。
だから心のどこかでブレーキをかけていた気がする。
期待しすぎないように。
ぬか喜びしないように。
そんなある日。
療育の部屋から歌声が聞こえた。
うちの子だった。
今まで、みんなの前でほとんど歌わなかった子。
家では歌う。
でも外では黙る。
保育園の発表会も、小さく口が動くだけだった。
その子が。
療育で、笑いながら歌っていた。
完璧じゃなかった。
音程も歌詞も少し違った。
でも、先生の真似をして。
周りの子を見ながら。
体を揺らして。
ちゃんと楽しそうだった。
職員室まで歌声が届いたようで「元気な歌声が聞こえてきて」と言いながら職員室から先生が嬉しそうに廊下に出てきてくれた。
私は、その姿を見ながら。
笑っていたのに、泣きそうだった。
あ、今。
この子、自分で楽しめてるんだ。
成長を一緒に喜んでくれる人が家族以外にもいてくれるんだ。
なんかもう、それだけで十分だった。
急に全部できるようになったわけじゃない。
困りごとも、まだある。
癇癪もある。
言葉が通じにくい日もある。
変わってないように見えても、ちゃんと積み重なってたんだと思った。
それが見えた日だった。
療育に通っていても、すぐ変化を感じられるわけじゃなかった。
正直、「意味あるのかな」と思った日もある。
通う準備だけで疲れて。
仕事との両立もしんどくて。
送迎しながら、何度も心が折れかけた。
あの日の歌声を私はたぶん忘れない。
“みんなと同じようにできること”ではなく。
“この子が、この子のペースでできたこと”。
それを、ちゃんと見られた日だった。
たぶん私は「周りと同じ」に近づいてほしかったんじゃなくて。
この子自身が、“楽しい”を増やせる未来を見たかったんだと思う。
今も迷う。
支援のこと。
就学のこと。
将来のこと。
正解はまだわからない。
でも、あのとき笑って歌っていた姿だけは「進んでないわけじゃない」と教えてくれた。
小さくても。
ゆっくりでも。
ちゃんと育ってる。
そう思えた日のことを、今日は残しておきたかった。
次回は
「“この子なり”を受け入れたかった。でも、できなかった日のこと」比べたくなかった。焦りたくなかった。
それでも、周りを見るたび苦しくなった。
“受け入れる”って、きれいごとだけじゃなかった話を書きます。
どうか同じように我が子を思い、調べ、悩むあなたの心が少しでも晴れますように。


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