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発達ゆっくりっ子を育てながら働いている方/「仕事を続けていいのか、辞めるべきか」と迷い続けている方
退職を、本気で考えていた
診断が出てから、しばらく揺れていた。
療育が週2回になると、仕事のスケジュールとの調整が毎回ある。
体調が崩れやすい時期は、保育園からの呼び出しも増える。
そのたびに「この子には、そばにいてくれる人が必要なんじゃないか」という気持ちが浮かんだ。
仕事を辞めて、そばにいる。
その選択肢は、今もある。
なかったことにはできない。
体調が戻りかけの日が、一番つらい
パニックや登園拒否が起きやすいタイミングは、だいたい読めてきた。
帰宅直後。食事の前。お風呂の前。
それと——体調が回復しかけているとき。
熱が下がって、元気が戻ってきた翌朝。
「もう大丈夫そう」と思って登園させようとすると、崩れる。
泣く。
動かない。
「いかない」と言い張る。
そういう日、私はどうするか。
正直に書く。
お菓子で釣ることがある。
「保育園行ったら帰りに買おうね」と言って、なんとか玄関を出る。
騙し討ちのような形で、送り出す日がある。
「これでいいのか」という問いが、止まらない
車で職場へ向かいながら、頭の中で問答が始まる。
本当に登園させてよかったのか。
あの泣き顔のまま、預けてよかったのか。
もし私が仕事を辞めていたら、こういう朝は来なかったのかもしれない。
答えは出ない。
でも問いは止まらない。
「これでいいのか」という問いは、今も毎朝どこかにある。
それでも、辞めない理由が一つある
辞めない理由は、きれいなものじゃない。
この子が大人になったとき、安定した収入を自分で得られない可能性がある。
それは誰にも分からないけれど、考えないようにすることもできない。
将来のために、今のうちに蓄えておきたい。
この子が困ったとき、金銭的に支えられる親でいたい。
感情じゃなくて、計算だ。
だから「働くことへの罪悪感があるなら辞めればいい」と言われても、それは違う、と思う。
そんなに単純じゃない。
療育の先生に話したこと
仕事を辞めるべきか迷っている、と療育の先生に話したことがある。
先生は少し間をおいてから、こう言った。
「お母さんが笑顔でいられる環境が、お子さんにとっても一番いい環境です。
どちらが正解かではなくて、どちらならお母さんが長く笑顔でいられるか、で考えてみてください」
正直、すぐには腑に落ちなかった。
笑顔でいられるかどうか、という話じゃなくて、生活の話なのに、と思った。
でも後になって、別の角度で刺さってきた言葉だった。
「長く続けられるか」。
短距離走じゃなくて、マラソンとして考えること。
それが、先生の言いたかったことだったのかもしれない。
お菓子で釣った日の、帰り道
保育園のお迎えに行くと、子どもは走ってくる。
朝あれだけ嫌がっていたのに、帰り際には先生と楽しそうに話していたりする。
「今日ね、○○したんだよ」と、玄関で教えてくれることもある。
約束通り、帰り道にお菓子を買う。
子どもはそれを両手で持って、ご機嫌で歩く。
朝の泣き顔が嘘みたいだ、といつも思う。
騙し討ちでよかったのかは、今も分からない。
でも一日が終わって、子どもが笑顔でいる事実だけは、毎回ある。
「正解」より「続けられる形」を選んでいる
働くことへの迷いは、消えない。
退職という選択肢も、消えない。
でも今の私は、「正解の選択をする」よりも、「続けられる形を探す」方向で動いている。
発達ゆっくりっ子を育てながら働くと、「続けるべきか、辞めるべきか」で悩む方はとても多いと思う。
私自身も、何度もその選択に迷ってきた。
そのなかで、自分なりの判断基準をひとつ決めた。
シンプルに、3つだ。
子どもの状態
自分の余力
家計
この3つが同時に崩れたときは、働き方を見直す。
そう、決めている。
3つのうち1つや2つがしんどくなることは、しょっちゅうある。
でも3つ全部が限界を超えていないなら、今の形で続けてみる。
それが今の私のやり方だ。
正解はきっと、人それぞれ違う。
「続けられる形」を探すことが、結果的に子どもにとっても、自分にとっても、
一番大切なのかもしれない——そう思いながら、今日も仕事に行く。
同じ問いを持ったまま、それでもやっている人間がここにいる、と伝えたかった。
次回は、ワーママとして毎日をどう回しているか、具体的なスケジュールや立て直し方について書こうと思います。
どうか同じように我が子を思い、調べ、涙を流すあなたの心が少しでも晴れますように。
著者:風助ママ
発達ゆっくりっ子を育てるワーママ。日々のリアルをそのまま書いています。


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