\ この記事を読んでほしい方 /
就学相談の電話に、ちゃんと準備して臨んだ方
それでも、言葉に詰まってしまった方
「これで足りたのかな」と電話のあとも不安が続いた方
初めて話す人に、我が子のことを伝える難しさを感じている方
準備は、していた。
聞かれそうなことを事前にメモして、頭の中でシミュレーションもした。
子どもの困りごと、診断名、療育のこと、希望する学校のこと。
これだけ整理しておけば、大丈夫なはず。
そう思って、電話をかけた。
それでも、言葉に詰まった
担当の方は、丁寧だった。
責めるわけでも、急かすわけでもなく、ひとつひとつ、静かに聞いてくれた。
でも。
「お子さんの困りごとはどんなことですか?」
その言葉を聞いた瞬間、準備していたはずの言葉が、するりと消えていった。
知っている。
毎日一緒にいて、全部知っている。
なのに、初めて話す人を前にすると、うまく出てこない。
メモを見ながら、なんとか答えた。
でも、これで伝わっているのかな、という感覚がずっとあった。
電話を切ったあとの、じわじわとした不安
話し終えて、電話を切った。
ほっとしたのは、ほんの一瞬だった。
これで足りたのかな。
大事なことを言い忘れていないかな。
あの説明で、ちゃんと伝わったのかな。
不安が、じわじわと広がってきた。
準備したのに。
シミュレーションもしたのに。
それでも足りない気がするのは、なぜだろう。
「知っている」と「言葉にできる」は、別のことだった
少し落ち着いてから、気づいたことがある。
我が子のことは、誰より知っている。
笑顔も、泣き顔も、がんばっている顔も、困っている場面も。
でも、それを「初めて会う人に、言葉で伝える」のは、また別の話だった。
頭の中にあるものを整理して、順序立てて、知らない人にわかるように話す。
それは、準備だけでどうにかなるものじゃなかった。
うまく言えなかったのは、情報が足りないからじゃない。
我が子への理解が浅いからでもない。
ただ、「言葉にする練習」が、まだ足りていなかっただけだ。
そう思ったら、少しだけ自分を責める気持ちが和らいだ。
電話の最後に、担当の方がこう言ってくれた。
「また何かあれば、電話してきてくださいね」
社交辞令かもしれない。
でも、その言葉が、じんわりとうれしかった。
また聞いていいんだ。
また話していいんだ。
一度でうまく伝えられなくても、続きがある。
その感覚が、思いのほか、心の支えになった。
準備は、無駄じゃなかった
うまく言えなかった、という気持ちは残っている。
でも、準備していたから、なんとか答えられた部分もあった。
シミュレーションしていたから、完全に頭が真っ白にはならなかった。
ゼロよりも、ずっとよかった。
次に話すときは、もう少しうまく言えるかもしれない。
今回言えなかった分を、少しずつ言葉にしていけばいい。
我が子のことを一番わかっているのは、自分だ。
言葉が追いつかないだけで、愛情も、観察も、ちゃんとそこにある。
次回は、「調べ始めた話」
就学相談の電話を終えて、少しずつ動き始めた。
小学校のこと、学童のこと、放課後等デイサービスのこと。
まだ全部はわからない。
それでも、知ろうとしている。
そのときのことを、次回書こうと思う。
どうか同じように我が子を思い、調べ、涙を流すあなたの心が少しでも晴れますように。


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