\ この記事を読んでほしい方 /
子どもの食事や言葉の遅れに不安を感じている方/「この育て方でいいのか」と迷いながら毎日を過ごしている方
「ありがとう」を、言えなかった
前回、主治医の先生への不信感が、通い続けることで信頼に変わった話を書いた。
でも実は、私が今の向き合い方で子育てできているのは、もっと前の話がある。
今はもう閉院してしまった、小さなかかりつけの小児科の先生のことを、今日は書きたいと思う。
閉院を知ったのは、別の用事でその近くを通ったときだった。
いつもの場所に、診察室の灯りはなかった。
直接お礼が言えなかった。
それだけが、今も胸に残っている。
子どもの食事が、ずっと怖かった
発達の診断を受ける前から、食事のことで悩んでいた。
食べられるものが少なかった。
好きなものは毎日でも食べるのに、少しでも見慣れないものがあると、皿ごと拒否する。
どうにか口に入れてもらおうと、私はいろんなことを試した。
形を変える。混ぜる。「ひとくちだけ」と交渉する。
うまくいかなかった。
食卓が、どこか戦場のようになっていた。
「偏食は直さないといけない」
「食べさせないと体が心配だ」
そういう焦りが、ずっとどこかにあった。
先生の言葉は、想像と全然違った
あるとき、かかりつけの先生に食事のことを相談した。
「食べなくて困っていて。どうしたら食べてくれますか」
先生はしばらく考えてから、こう言った。
「無理に食べさせようとしなくていいですよ。笑顔で食べられるものを、笑顔で食べられる量だけ。それで十分です」
拍子抜けした。
もっと細かい指示が来ると思っていた。
でも続けて、先生はこんなことも言ってくれた。
「食事の時間が怖い場所になってしまうと、あとあとずっと引きずりますから」
そのとき初めて、私が怖い場所を作っていたのかもしれない、と気がついた。
「言葉は氷山の一角」
別の日、言葉の遅れについて相談した。
当時、子どもの言葉は少なかった。
同じくらいの月齢の子と比べてしまって、「うちの子は何か足りないのか」とずっと気になっていた。
先生は静かに聞いてから、言った。
「言葉は氷山の一角なんです。表に出ていない部分に、もっと大きなものがある。焦って言葉を引っ張り出そうとしなくていいですよ」
言葉の下に、見えていない何かが育っている。
その言い方が、妙に腑に落ちた。
それまで私は、言葉が増えることだけを成長の指標にしていたかもしれない。
でも先生は、言葉になる前のものをちゃんと見ていた。
「笑顔で食べられるものを」が、うちの食卓を変えた
あれから、食事への向き合い方が変わった。
食べなかったことを責めなくなった。
頑張って口に入れさせようとするのをやめた。
好きなものが出てきたとき、子どもが「おいしい」と言う。
その顔を見ていればいい、と思えるようになった。
劇的に食べるものが増えたわけではない。
でも食卓の空気が変わった。
子どもが食事の時間を怖がらなくなった、ということだけは、はっきり分かった。
あの先生がいなければ、今の私はなかったと思う
主治医の先生への信頼は、通い続けることで積み上がったものだ。
でも、子どもと向き合うための土台を作ってくれたのは、あの小さな小児科の先生だった。
「無理に食べさせなくていい」
「言葉は氷山の一角」
たった二つの言葉が、私の育児を変えた。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、それほど追い詰められていたのだと思う。
あのとき、「それでいい」と言ってくれる大人が必要だった。
先生は、それをくれた。
「ありがとう」の行き場
閉院を知ったとき、しばらくその場に立ち止まった。
どこかのタイミングでちゃんと伝えたいと思っていた。
「あの言葉で、変われました」と。
でも間に合わなかった。
せめて、ここに書こうと思う。
あの診察室で、不安な顔をした私の話を聞いてくれた先生へ。
あなたの言葉は、今も私の中で生きています。
本当に、ありがとうございました。
どうか同じように我が子を思い、調べ、涙を流すあなたの心が少しでも晴れますように。
著者:風助ママ
発達ゆっくりっ子を育てるワーママ。日々のリアルをそのまま書いています。


コメント