この子の癇癪と、私の限界が重なった日のこと

親のメンタル・感情

\ この記事を読んでほしい方 /
うまく対応できなかった日を、引きずっている方
子どもより先に自分が崩れてしまった経験がある方
「お母さんなのに」と自分を責めてしまう方
きれいごとじゃない話を読みたい方

きれいごとじゃない話を書く。
うまく対応できた話じゃない。
私が先に崩れた、あの日のことを…

その日は、最初から違った。
保育園のお迎えから帰った直後だった。
靴を脱がせようとしたら泣き始めた。
理由はわからなかった。
玄関で座り込んで動かなかった。
「どうしたの」
「ここ嫌だったの」
「お腹すいた?」
何を聞いても泣き声が大きくなるだけだった。

私の中で何かが切れた

いつもなら待てる。
少し距離を置いて落ち着くのを待てる。
でもその日は待てなかった。
仕事で嫌なことがあったわけじゃない。
特別に疲れていたわけでもない。(そう思っていた)気づいたら、声が大きくなっていた。

「もう、いい加減にして」

言ってしまってから、後悔した。
子どもじゃなくて、私が崩れた。
子どもは泣き止んだ
声が大きくなった瞬間、
子どもの泣き声が止まった。
怖かったんだと思う。
その顔を見て、
今度は私が泣きたくなった。
しばらく、何もできなかった
子どもをソファに座らせて、
私は台所の壁にもたれた。
ご飯を作らないといけない。
着替えさせないといけない。
お風呂も入れないといけない。
全部わかってる。
でも動けなかった。

「お母さんなのに」が重なる

癇癪の対応はわかっているつもりだ。
待つ。
感情を否定しない。
安全を確保する。
頭では全部わかってる。
でも、「わかっている」と「できる」は別物だ。
「お母さんなのに怒鳴った」
「この子は発達ゆっくりなのに」
「私がしっかりしないといけないのに」
そういう言葉が次々と出てきて、
余計しんどくなった。
その夜、気づいたこと
子どもが寝た後、ぼーっとしていた。
なんで崩れたんだろう、と思った。
疲れていたと思う。
でも「疲れている」とは思っていなかった。
「まだ動けてるから大丈夫」
ずっとそう思い続けていたから。
気づいたときには、もう削れていた。

うまくできなかった日の翌朝

翌朝、子どもは普通に起きた。
「おはよう」と言ったら、
「おはよう」と返ってきた。
昨日のことを、引きずっていなかった。
子どもは、昨日より今日を生きている。
私だけが、まだ昨日にいた。
「崩れた日」をなかったことにしない
うまくできなかった。
それは本当のことだ。
でも「崩れた日がある親」が
「この子を大切にしていない親」ではない。
崩れるほど、削れながら、
それでも毎日続けてきた。
それも確かなことだ。
自分に言い聞かせていること
完璧な対応ができなくていい。
ただ、崩れた後に立ち戻れれば。
翌朝また「おはよう」と言えれば。
それだけでいい、と
今は思うようにしている。
思うようにしているだけで
まだ心から信じてはいないけど。

次回は「保育園の先生に話せなかったこと」
連絡帳には書けなかった。
お迎えのときも、笑って「ありがとうございます」と言った。
でも本当は、聞きたいことがあった。
言えなかった理由と、そのもやもやを書こうと思う。

どうか同じように我が子を思い、調べ、悩むあなたの心が少しでも晴れますように。

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