“この子なり”を受け入れたかった。でも、できなかった日のこと

発達理解(特性・診断・考え方)

\ この記事を読んでほしい方 /
「受け入れる」と頭ではわかっていても、心がついてこない方
他の子を見るたびに、比べてしまう自分が嫌になる方
焦りたくないのに、焦ってしまう日がある方
“いいお母さん”でいられない自分を責めてしまう方

受け入れる、という言葉が好きじゃなかった。

きれいすぎる気がして。
もう終わったことみたいで。
「受け入れました」って言えたら、その先は穏やかなんですよ、みたいな。
でも実際は違った。

公園に行くたびに、見てしまっていた。
同い年くらいの子が、すべり台を一人で上って。
お友達と追いかけっこして。
「ねえねえ聞いて」って親に話しかけて。
うちの子は、砂をずっとさわっていた。
それが好きなんだとわかってる。
楽しそうなのも、わかってる。

それでも。
胸のどこかが、ぎゅっとなった。

比べたくなかった。
本当に、そう思っていた。
でも、目に入ってしまう。
見ないようにしても、見えてしまう。
それで自分を責めた。

また比べてる。
この子のことをちゃんと見てあげられてない。
ダメな母親だ、と。
それが、またしんどかった。
比べる苦しさと。
比べてしまう自分への苦しさと。
「この子なりのペースで大丈夫」
先生にも言ってもらった。
本にも書いてあった。
自分でも、そう思おうとしていた。

でもある日、保育園のお迎えのとき。
玄関で、同じクラスの子が。
「ままー!」って走って抱きついていて。
うちの子は、私に気づいてなかった。
砂場の方を向いたまま、先生と話していた。
それだけのことなのに。
なんか、くずれそうになった。

受け入れるって、一回やればいいことじゃないんだと思う。
毎日、何度もやること。
くずれて、また立て直して。
また揺れて、また戻って。
そのくり返しだった。
今も、完全には受け入れられていないと思う。

きれいごとじゃない話をするなら。

「この子でよかった」と思える日もある。
「なんでうちだけ」と思う夜もある。
両方、本当のことだった。

どちらかだけじゃなかった。
比べてしまった自分を、責めなくてもよかったのかもしれない。
それだけ、この子のことを真剣に考えていたってことだから。
それだけ、この子の未来を思っていたってことだから。
そう気づいたのは、ずいぶん後のことだった。

次回は
「しんどいのに、しんどいと言えなかった。親のメンタルの話」
頑張れている、ちゃんとやっている。
そう見せていた日々の裏側にあったものを書きます。

どうか同じように我が子を思い、調べ、悩むあなたの心が少しでも晴れますように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました